『妄言師@無銘の銘柄.jp』アーカイブ

2019年1月まで更新していた、はてなダイアリー『妄言師@無銘の銘柄.jp』を保管しています。

古典文法を勉強してゐるゾ

  • 註・12月3日、一部修正。

夏ごろから思ふところがあつて、古典文法を勉強してゐる。実は、妄言師は大学の国文科を出てゐるが――卒論は中世文学――古文は全く読めなかつた*1
最近は助詞の学習をしてゐるが、気になることがあつたので*2備忘としてここに記す。
格助詞『が』には “同格の用法” といふものがあつて、古語辞典や文法書などでは用例として『源氏物語』の冒頭が挙げられる。
「いとやんごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり」 は以下のやうに訳される。

それほど高貴な身分ではない方で、きわだって帝の寵愛を受けておられる方があった。
  北原保雄編『全訳古語例解辞典 第三版』(小学館)より
それほど高貴な身分ではない方で、きわだって帝のご寵愛を受けていらっしゃる方があった。
  田辺正男著『新訂 古典文法』(大修館書店)より

手元に与謝野晶子訳と瀬戸内寂聴訳とがあるので、どのような訳になつてゐるのか調べてみる(赤字は引用者による)。

最上の貴族出身ではない深い御愛寵を得ている人があった。
  与謝野晶子訳『源氏物語 上巻』(角川書店)より
それほど高貴な家柄の御出身ではないのに、帝に誰よりも愛されて、はなばなしく優遇されていらっしゃる更衣がありました。
  瀬戸内寂聴訳『源氏物語 巻一』(講談社)より

上記とは別の文法書によると、逆接で使はれる『が(接続助詞)』は、『源氏』の時代には存在しないとのこと。だから逆接で訳してはいけないといふことになる。与謝野晶子はともかく、どうして瀬戸内さんまで “逆接” で訳してしまつたのだらう*3

*1:現代語訳で間に合はせてゐた。

*2:ネットで調べても分からなかつた。

*3:図書館で調べた谷崎潤一郎訳では、逆説で訳してゐない。